大先輩への弔辞

私たちの同志、大先輩の渡部伊太郎氏(84歳)が8月25日永眠致しました。
今日、告別式がおごそかに営まれました。心からご冥福をお祈り申し上げます。


弔辞
 渡部伊太郎さん。昨年12月9日の南陽きずな会の集まりでは、伊太郎さんが講師で「たたかいの裏面を語る」のテーマでお話を聞かせて頂きました。A4版のレジュメ1枚で、1時間半もお話しされましたね。伊太郎さんの記憶の良いことには、みんなが驚かされました。また、私は同じ町内に住んでいながら、伊太郎さんの生きざまを改めて知ることが出来ました。

 あの時、今思うと「最初で最後の本音」の話だったと思います。そして、息子さんの峰一郎さんが会社を継ぐことになり、「峰一郎にも人間として色々教えていかなければならない。好きな、俳句についても日本の純粋な俳句を作りたい等と、80歳を過ぎた人とは思えない青春そのものの伊太郎さんでしたね。

 その後、体調を崩されたとのことで、お見舞いにお伺いしたときは「今年の大雪と地震には参ってしまった。と笑っていましたが、私たちでさえ余震にはビクビクの日々でした。今月の7日にお伺いした時は、私のこともわからない感じで、いつもしっかりしている伊太郎さんとは思えず、涙が止まりませんでした。

 今思うと、12月の南陽きずな会の時、録音テープを録っておけばと悔やまれてなりません。伊太郎さんとおつきあいさせて頂くようになったのは、大竹俊博さんが県議・市長選で戦った頃からでしたね。本当に民主化運動のため自分のことのように、一生懸命でした。同じ町内にこんなに自分の信念を持っている人がいるのかと、感心させられました。

 その後、社会党が社民党に変わり、同志も少しずつ少なくなりました。それでも、私たちは、「社民党が主張する「共生と連帯を掲げる社会民主主義」を信じ微力ながら頑張ってきました。社民党が小さくなって、「社民党の時代は終わったと、陰口を聞きながらも、今まで頑張ってこられたのも、高齢ながら、私たち後輩をご指導下さってくれた伊太郎大先輩がいたからです。

 今、小さな小さな南陽支部になりましたが、春の観桜会、夏のバーべーキュウ、秋の芋煮会、冬の新年会と総会は毎年恒例となりました。いつも伊太郎さんは、お酒を飲まなくても参加し、ニコニコと一緒に語りあったことも、今では楽しい思い出となりました。本当に、家族的絆を深めることが出来たのも伊太郎さんのおかげです。

 福島第一原発事故は、いまだに収束のめどが立っていません。社民党は、一貫して「脱原発」を掲げて今日まで訴えてきました。本当に伊太郎先輩を信じてきて良かったと思います。
 そして、「核と人類の共生はありえない」ことも確信しました。

 伊太郎さん。最後になりますが「他の人はなにを言おうとも、伊太郎さんの考えと生き方は間違っていなかったと思います。自分に自分でほめて下さい。私たちの素晴らしい指導者であった、渡部伊太郎さん、どうぞ安らかに永遠の眠りにおつき下さい。本当に色々と有り難うございました。

       
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2011年8月27日
                      社会民主党南陽支部 代表 小林欽一
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by kinchan-kb | 2011-08-27 18:50 | その他 | Comments(0)
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