白鷹町の加藤秀一氏を悔やむ

白鷹町で40年以上前から有機農業を実践し、出稼ぎに行かなくても生活が出来るように、減農薬・無農薬の農産加工所を立ち上げ、
置賜百姓交流会を結成。そして、当時、減反政策が実施され、減反に反対し、消防から外され、地域やJAの役員も外される状況の中でも、ひるむことなく頑張っていた。そんな、加藤さんの生き方に、小生は共鳴することがあり、今日まで、少しであるがお付き合いをさせていただいた。

昨年、12月中旬体調をくずし、今月18日永眠なされた。67歳であった。そして、今日、葬儀が執りおこなわれた。
弔問者も多かったが、弔辞が町長や赤十字以外で、5人の方々が皆、中身のある弔辞を読み上げた。

この様な内容のある、葬儀に参列したこと過去にない。やはり、加藤秀一さんの人間性である。

本当に、頑張ったね。素晴らしかったよ。加藤秀一さん、安らかにお休みなさい。小林欽一
[PR]
by kinchan-kb | 2014-01-22 21:51 | その他 | Comments(0)
<< 脱原発235(さようなら原発・... 沖縄・名護市民の気概に感動 >>