英国の女性旅行家、イザベラ・バードが明治11年7月に日本奥紀行で米沢平野を「東洋のアルカディア(牧歌的理想郷)と絶賛したとのこと。
今年、バードが歩いた越後米沢街道十三峠を踏破した。
時代は変わるが、小生達若い時に部落の6人で小国赤芝峡に紅葉見にバイクで宇津峠九十九折り(つづら折り)を難儀して通った。当時砂利道でトンネルもなかった。光陰矢のごとしである。
それにしても、白竜湖周辺のぶどう園も激減している。十年前、政府は米行政から徐々に撤退。今年から新農政改革で十㌃一万五千円が半額。更に米価下落で踏んだり蹴ったり。
主食である米政策を政府は真剣に考えないとバードの理想郷の米沢平野は荒れ野となろう。(爼農地水環境通信No95号・h26.11.15)
写真/上・飯豊町から川西町の峠、諏訪峠から望む米沢平野/写真下・宇津峠にて・h26.11.9