カテゴリ:社会人講座おいたま( 34 )

同窓会雑感

大学講座がおわりとなって43年。同窓会に初参加されたT君やM君、Mさんが湯沼温泉に来るまでの心境はどんな思いだっただろうか。

同窓会が開幕し、講座の歌や近況・講座の思い出話が全員から語られた頃は、歳月も年輪の壁もなく、あの当時の青春時代に戻り、「資格はなくとも、自らの人生を高めたいと大学講座に学び。そして、お互いの心は一つの道で結ばれているお互いは同志」の思いは今も変わりないことを実感。懇親会が終わっても話はつきず夜遅くまで懇談していた人も多々あり。

   親の介護等で参加されなかった、SさんKさんが翌日みんなと会いたいと訪ねてくれた。又々話しはつきず別れがたく湯沼温泉を後にしました。

   高瀬兼介先生が最後の挨拶で「これで大学講座は、おわりとなります。しかし、講座は消えないでしょう。一人一人の心の中にいつまでも生きつづけることと思います」高瀬先生改めて今も感謝です。(こだま新聞・h27.12.1)写真/同窓会会場の湯沼温泉の「うめもどき」h27.11.17.
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by kinchan-kb | 2015-12-16 21:12 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

戦争の道に進んでいた過去の日本を忘れてはならない

先日の衆議院憲法審査会で自民党が本当に変えようとしたいのは憲法九条なのに、耳あたりの良い、災害などの緊急事態を優先し審議させたようだ。

防衛問題にしても「北朝鮮や中国が攻めてきたら」と脅威を抱かせ軍備増長の方向に進み、従来の憲法9条の解釈を変更し、集団的自衛権の行使を認める閣議決定をした。

先日の新聞に同志社大の浜矩子さんが「そんなはずはない」、「まさか」と思うことは、往々にして起こる。そして、起きてしまった時に、人々は「こんなはずではなかった」と悲鳴を上げることになる。

「だから政治への無関心は実に怖い」と語っていた。いつの間にか、戦争の道に進んでいた過去の日本を忘れてはならない。日本の政治は今、まさに最大の危機に直面している。

戦後70年の今年。本当に日本が平和でこられたこと。それは二度と戦争はしてはいけないと思う戦争の悲惨さではなかったのではないのでしょうか。(社会人講座おいたまたよりNo38号・h27.5.10)

写真/リンゴの花・h27.5.1/高畠町石岡にて
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by kinchan-kb | 2015-05-15 13:52 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

新潟の旅雑感

    子供が小さい時、毎年、瀬波海水浴に連れて行ったが、城下町村上の家に貴重な屏風があることも知らなかった。

    この度、初めて村上市の「屏風まつり」を拝見した。村上の魅力に心躍った。来年も訪れよう。

    「出雲崎」は江戸時代に多くの物資を運んだ北前船の寄港地で栄え、多くの人々が行きかった北国街道。この街道に軒を連ねる「妻入り」の家は歴史を感じ風情あるものであった。また、良寛が生まれ育った里。今なお研究と多くの本が出版され、良寛の優しさが伝わってきた。

  「北方文化博物館」は、越後随一の豪農であった伊藤家の館。今は、国の文化財に登録され保存されている。在りし日のままの豪壮な館には圧巻。

  それにしても、この度の旅は、小生のミスで宿泊先及びカーナビ依存症からのトラブル騒動。それでも、社会人講座の仲間達は愚痴一つなし。包容力豊かな人間性に改めて敬意。高瀬健介先生の精神が個々に生きていることを実感。旅行会社の旅では味わうことが出来ない思いで多い旅となった。(社会人講座おいたま たより・No36号・h26.11.1)

写真/[出雲崎の日の入り]:[北方文化博物館」h26.10.15~16
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by kinchan-kb | 2014-11-25 07:23 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

携帯もテレビも持たない高等学校

朝、キリスト学園に断りの電話と思うほどの強い雨。黒沢峠は当然無理。その代わり風呂の旅との思いで出発。小国に向かうほど晴れてくる。やはり今回も青木兄のご加護か。

  キリスト学園では早速、講堂で後藤正寛教頭先生の講義「キリスト学園と創立者・鈴木弼美(すけよし)を語る」。

   豪雪地帯と交通の不便なこの地に非戦平和主義を掲げ創設した鈴木校長の並々ならぬ苦労と努力が伝わってきた。

   そして、学園の方針として生徒には3年間、携帯電話もテレビも持たせないとのこと。現代の世の中において考えられない教育方針に驚かされた。

   更に驚いたのは生徒たちは誰一人として不満がないとのこと。夏休み等、実家に帰省してテレビを見るが、実につまらない番組が多いことを知るとのこと。

   同じ置賜に住みながら、受験勉強ではない本来の高校教育を目指し実践している素晴らしい高校があることを知った。イザベラ・バードが歩いた黒沢峠も天候に恵まれ念願かないました。(社会人講座おいたまたよりNo35・キャンパスより・h26.8.1)
写真/小国キリスト学園では牛も飼育し、牛乳やチーズも自給していました。(h26.7.17)
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by kinchan-kb | 2014-09-20 05:02 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

我、古希を迎えての心境

小生、現役時代から政治的には社会党支持者。今も、社民党活動にたずさわっている変わり者。

   そんなことから、宗教に対しては政教分離の立場からも拒否反応があった。二十年前の我は五十歳。母は、息子の言うことは聞かなくても立正佼成会の事は聞く、真からの信仰者でした。

   我が家を新築する時、母は方位や間取りを聞いた方が良いとのこと。年老いた母にこれ以上反発ばかりしてはとの思いから、素直に聞くことにしました。

   連れ子同士の結婚、嫁と姑の問題等々で他の家族よりも複雑であった我が家。そんな母も九年前に安らかにこの世を去った。

   今、我は古希を迎え、健康で日々過ごされることに感謝。家庭の平和に感謝。時々、悪の心も出てくる時もあるが、仏教者として人のため世のために余生をおくりたい。こんな心境にならせていただいているのも、亡き母のお陰と感謝している。。(社会人講座おいたま たよりno34号・キャンパス・h26.4.5)

写真/旅立つ前の白鳥・米沢市上新田・h26.4.1

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by kinchan-kb | 2014-04-17 21:40 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

人との出会いに感動

   置賜巡りも米沢から始まり高畠、南陽そして、今年は白鷹町。

   それなら是非、しらたかノラの会を案内しようと思いました。それは30数年前「出稼ぎしないで冬の間も百姓で生きたい」と有機無農薬・低農薬栽培で無添加の農産加工品を白鷹農産加工研究会からノラの会と苦節はあったものの一貫して作り続けて来たのがノラの会の皆さんだからです。

   そして、M嬢が青年団活動当時、東京集会でお世話になったのが、この会の設立者・Kさんとの偶然の再会でした。

   それから、大学講座の同志で白鷹町在住のM氏との再会でした。M氏は専業農家で生産組織の代表等々を担い多忙な日々を過ごしておられることから、アポも取らず突然の訪問。30数年ぶりの再会で当人もビックリ仰天だったでしょう。それにしても、大勢の来訪者に甘栗でおもてなしされた奥様の対応には感激。

    今回も楽しく意義ある、人との出会いと感動の一日となりました。(社会人講座おいたま たよりNo32号・h25.11.1)
写真/ノラの会、深山観音(h25.10.22)
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by kinchan-kb | 2013-11-14 22:17 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

イザベラ・バード

   明治11年、イギリスの女性旅行探検家イザベラ・バード(当時47歳)が新潟から小国13峠を通り置賜に入り

   「東洋のアルカディア(牧歌的理想郷)」、「まったくのエデンの園」、「実り豊かに微笑する大地」、「圧迫のない自由な暮らし」、「美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な土地」と置賜を絶賛されたとのことを


   アルカディア街道I・B(イザベラ・バード)倶楽部会長の錦啓氏からこの度お聞きした。

   これ以上のほめ言葉があるのだろうかと思われる程である。

   こんなに素晴らしかった「置賜」も今は田畑も年々荒れ、人の心も希薄になりつつあるようだ。これを見て先人は嘆いておられるのでは。(社会人講座おいたま たよりNo31号・h25.10.10)


写真/我が家の稲刈り(h25.9.24)
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by kinchan-kb | 2013-10-11 12:58 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

尾瀨の旅

   昭和四十年代の高度経済成長期には自然破壊も盛んで、尾瀨にも自動車道建設問題が進行していた。

   長蔵小屋三代目の平野長靖氏は自然保護を訴え、昭和46年に発足したばかりの環境庁長官に車道中止を直訴した。そして同年十二月一日、吹雪の三平峠で遭難し三人の幼い子を残し三十六歳の若さで亡くなった。

   あれから40年の歳月が流れた。尾瀨はやはり自分の足で峠を山道を湿原を一歩一歩汗を流し、自然にふれながら歩くのが良い。

   特に、今回は雨上がりのニッコウキスゲの色合いの美しさ。そして、尾瀨はノンビリが一番で社会人講座の仲間にはビッタリだった。

    それにしても、登山開始直前までは雨降り続き。帰宅後の翌日からは雨。我が地域の河川は豪雨で氾濫し全国ニュース。私たち社会人講座尾瀨の旅2日間だけは梅雨明けのような晴天。こんなに恵まれたのは、神のお守りだったのでしょうか。青木代表の仁徳のたまものでしょうか。アーメン。(社会人講座おいたまたよりNo30・h25.8.1)
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by kinchan-kb | 2013-09-20 21:38 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

尾瀨の案内

  今年の社会人講座一泊研修旅行7年目は、隣県でありながら「尾瀨に行ったことがない」という声を聞き、是非、行って見ようとなりました。

  以前、職場旅行で尾瀨の山小屋に泊まり、小さな部屋に押し込められ風呂は石けん使用禁止等で、ある先輩から不評をいただいた記憶もある。

  部落の旅行でも一時間も歩くのは無理ダメと提案は否決されたこともあった。

  東日本大震災で、ガソリン、たばこ、食料品がなくパニック状態になったのは、2年前でありながら、震災のことは忘れたかのごとく、今は元の生活に戻り節電の声も薄らいでいる。

  私たちは、もう一度あの震災を教訓として生活スタイルを見直す必要があるのではと考える。それにしても、尾瀨は素晴らしい。こんなに近くにありながら行かないのは損。歩けるうちに行きましょう。長蔵小屋に泊まり、ニッコウキスゲの群落と尾瀨沼をのんびりと散策し、大自然を大満喫しましょう。(社会人講座おいたまたよりNo29号・キャンパス・h25.4.10)

写真/南陽スカイパークにて(h25.3.27)
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by kinchan-kb | 2013-04-11 21:52 | 社会人講座おいたま | Comments(0)

被災地宮城県と紅葉の旅①

「社会人講座おいたま」では、毎月15日夜、米沢市の西部コミセンで会員が交代で講師になり、講座を開いています。年1回は1泊で県外に旅しています。

今年は、「被災地の宮城県を訪ね、翌日は紅葉をノンビリとの旅」を企画し、10月28日・29日に行ってきました。その様子を遅れましたが、ご紹介します。

最初に、昨年3月ボランテリャで行った、仙台市宮城野区岡田の阿部さん宅を訪問しました。
関連記事は、平成24年11月8日付の社会新報南陽通信NO55号(庶民雑記)を参照下さい。

写真/上・訪問した阿部さん宅前。下・昨年3月のボランテリャの時。(後ろの自動車は玄関前に流されたもので、駐車しているのではありません。写っていませんがこれ以外に2台の車が玄関前に流されていました)
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by kinchan-kb | 2012-11-20 22:51 | 社会人講座おいたま | Comments(0)